うたの日

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【 OPEN578日 】 2015年10月30日 

まいにち歌会やってます。

うたの日
ピンク
 OPEN 578 日め 葉 
第38代総選挙

黒板

 昨日
 葉 今日の予定

 Happy Birthday 
 寺島奈保子

明日 

 鉛筆 自由に書き込めます。 



葉 歌会のススメ方 

 

 『  』

  • *短歌をTapから選評を送れます。
  • *筆名をTapからデータを開けます。

裏庭で採れたカボチャを抱きしめてただ撫でている父のハロウィン

フジタレイ

5 4+1


リビングを行きつ戻りつそわそわと子供にかえる「父の日」の父

まゆまゆ

5 4+1 星

知己凛衣未(みみ)佐藤博之しま・しましま

微笑ましくてかわいいお父さんですね。きっと毎年素敵な「父の日」をおくられてるからの「そわそわ」なんでしょうね。
しま・しましま

花束、ありがとうございます。やっと、やっと、うんちだけじゃなくなりました。
まゆまゆ


父さんが雪で作った滑り台100年ぐらい滑りたかった

衣未(みみ)

4 3+1

こりけケリ子水色水玉太田宣子

そういう思い出ありますよね。気持ちを100回くらい、と表したところがおもしろく、好きなお歌です。
水色水玉

↑ごめんなさい、100年くらい、の間違いです。
水色水玉


「また明日」祈りの握手して帰る 父と過ごせる時間の終わりに

吉川みほ

4 3+1 星

404notF0816まゆまゆフジタレイ

いつ亡くなってもおかしくはない状態の父親。それを主体も覚悟したうえで、病室をあとにする場面かと。「終わり」は、この日のお見舞いの終わりであり、もしかしたらこの世での父との時間の終わりなのかもしれない。切ない気持ちが淡々とした表現にかえって溢れ出るようです。
まゆまゆ

まゆまゆさん ありがとうございます!なるべく淡々と書くよう努めたのが伝わってうれしいです。
吉川みほ


父といふ病のありてわたくしは息子の理想にあらねばならぬ

太田宣子

3 2+1


突き飛ばす父のからだの軽きこと中学生の手には暗き夜

 家

3 2+1


ネロ帝とかつて重ねしわが父をじいじだっこと子らは囲めり

水色水玉

2 1+1 星

雨宮 司

ほほえましいお歌。こういうことよくあるみたいですね。このごろ子供の会話をひらがなで表すのがあるけれど、どうなのでしょう。私は「かっこ」で漢字交じりの方が解りやすいように思うのですが、別の考えの方もいらっしゃるようで・・・
多香子

ネロといえば暴君として知られた人物。作中主体の父は、子どもにとっては傍若無人な人物だったのだろう。そんな父も子も歳を重ね、子は結婚し、己が子を持つ身となった。父にとっては孫である。作中主体には厳しかった父も孫には優しい好々爺のようだ。孫への接し様を、作中主体はどの様な思いで見ているのだろうか。歳月を重ねる重みを痛感する短歌だ。
雨宮 司

歌意にめっちゃ共感しました。平和なことは嬉しいことだけど、なんとなく暴君だった父を知っている子としてはしゃくぜんとしない思いに駆られますよね。
しま・しましま


スーツにて待合室を駆け抜けるあのひとはもうすぐお父さん

なつ

2 1+1

多香子

自分の父親を詠っていい歌も多かったけれど、この慌てて駆け付ける青年の姿に作者は心でエールを送っているのだろう。気持ちのいいお歌。
多香子

産院の待合室なんだろうなと。多分、女性だらけの中を(それに気づく余裕もなく)ダッシュしていく微笑ましい様子を思い浮かべました。
まゆまゆ


父になる資格と夫になる資格きっと基準は自己申告の

堂那灼風 家

2 1+1


カキフライにレモン絞つて去年より一つ年取る父でありける

しま・しましま

2 1+1 星


父に母にいくたびとなく老犬の最期を聞きてただ聞く夕

佐藤博之

2 1+1

杏野カヨ

きっと作中主体の父母にとっては、まさに家族同様の存在だった犬なのだろう。しかし、作中主体にとっては話を「ただ聞く」存在。おそらく、作中主体の生前かまだ物心のつかない時に飼われていた犬のことだと思う。だからこそ、作中主体は犬の最期を知ることはできても父母の思いを理解することができない。類似の体験をしていないからだ。家族の相互理解の難しさを詠んだ短歌か。
雨宮 司


生々し海のにおいを漂わせ父と母から生まれたわたし

杏野カヨ

2 1+1


子であった私が人の親となる父よあなたも通った道か

雨宮 司

2 1+1 星


納豆をかき回すだけかき回す私も父に変わる日が来る

天野うずめ

1 1


ジャイアンツ、マイルドセブン、時代劇、麻雀、ビール、要するに父

わが家は父の号令で「麻雀」は禁止でしたが、要するに「父」は時代の鏡ですね。
多香子

昭和の父像って感じの単語が並びますが、きっと現代でも、ある年齢以上の父っていうのはそういうもので子供に表現されてしまうんでしょうね。
微笑ましさと共に、なんとなく切ない気がします。

しま・しましま


月見草黄に咲くときの夜の夢に父が笑って肩車する

多香子 家

1 0+1 星

白からピンクの月見草の花を「黄に咲く」ということは、もしかしたら父は月見草と待宵草を混同していて、それを主体は大人になって気が付いたのかもと思いました。幼い頃、まだ自分を肩車してくれていた頃の父が、そんな夜には夢に出てきてくれる、というところが切ないなと思います。
しま・しましま


父からの遺伝だろうか締め切りの間際になっていつもあわてる

永昌

1 0+1


教師ゆえ家でも教育語る父理想の子どもに育ってやらない

ほしくん

1 0+1


ま昼間の月はしろくて 少しだけ父のせなかも欠けた気がした

万里葉

1 0+1 星

杏野カヨさん、中牧正太さん、佐藤博之さん票をありがとうございました。
数多ある歌のなかのひとつに選んで頂けて本当に嬉しいです。
ありがとうございます。

万里葉

杏野カヨさん、中牧正太さん、佐藤博之さん票をありがとうございました。
数多ある歌のなかのひとつに選んで頂けて本当に嬉しいです。
ありがとうございます。

万里葉

バグってしまい申し訳ありません。
万里葉


十数年口もきかずにいたけれど思い出すのは笑顔ばかりで

知己凛

1 0+1


父親の顔して叱るあなたごと愛してゐたんだ 雨降る通夜の日

404notF0816

1 0+1

最近は父親らしい父親が少なくなったと言われている。私の父は父親らしいが、さすがに老いた。それでもむやみに弱みを見せようとしないのは、父としての矜持だろうと思う。さてこの短歌、詠まれているのは父なのか、父代わりの人物なのか。作品には判断材料がない。短歌を読んだ個々人の感性に委ねる他はないが、「父親の顔して叱る」に少し対象との距離を感じる。父親代わりではないか。
雨宮 司


4分の3を与えて無口なる建物のことを父とは思う

照屋沙流堂 家

1 1


記憶よりちいさな父のとおせんぼ「嫁に行くな」に抱かれたくなる

わんこ山田

1 0+1


ペダル漕ぐ背中の逞しさを見ていた動物公園までの坂道

春彦 家

1 0+1


先頭も後尾も嫌う父 どんな色に挟まれ描かれている

中村成志

1 0+1


土色の顔に生気の戻るまでただ手をさすり父の名を呼ぶ

宮嶋いつく

0 0


人生論など語られていないのに父の足跡また追っている

三畑幾良

0 0


助手席の父はスピードメーターを見ながら会話するのはらはら

ナイス害

0 0

どんまい!

昨日 2015年10月30日(金) 明日

出詠した人選歌した人



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