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理想的ゆるふわカールの私を殺しに向かう免許センター


殺しに、とはまた物騒な。でも確かにゆるふわカールと免許センター、なじみが悪いですね。免許更新というひたすら義務っぽい事務っぽい行事(ほとんど苦行)の時に限って理想的な髪形にキマってしまった残念さを詠んだ歌と読みました。
WPPさん

今の免許証の自分の写真が理想的ゆるふわカールなのかな?と思いました。
淡海わこさん

免許証の写真って免許センターで撮ってもらうことが多いと思うのですが、その免許証の写真の顔って無表情で、死んでいると形容できる気がします。その死んだような表情の写真を撮りに行くことが「殺しに向かう」ことなのではないかと思いました。
きつねさん

免許センターに向かうのは免許の更新手続きのためでしょう。
「私を殺しに向かう」は、現実の「私」はこんなに素敵なのに、免許の写真はがっかりな感じに写ってしまうという意味合いに取りましたが、「殺しに向かう」という言葉がちょっと強すぎるようにも思いました。
桔梗さん

「殺しに向かう」というのが強烈なワードではあるのですが、同時に読み解きには難解な句でした。個人的には「免許」というものが社会的に認知される要素のあるものなので、そこが「ゆるふわ」な生き方の否定なのかと読みましたが、ほかの方のように写真うつりという読み方のほうがすっとくる感じがしますね。ただ、この歌、全体的なリズムというか、言葉がすぅ~っとながれていく感じが、とてもいいですね。
宮本背水さん

皆さんとは逆に考えてみたんですが、理想的ゆるふわカールは前回の免許の写真の時の私で、それを殺さねばならないのが残念、という歌なのでは?その方が歌意としてとりやすいような……。
せしんさん

二番目の評の方と同じく、今の免許証の写真が「理想的ゆるふわカール」なのだろうと読みました。
免許の更新って3年とか5年おきですよね。主体はまだ若い女性と思うのですが、その3年なり5年なりの間に確実に歳をとって「ゆるふわ」な世界からは遠ざかってしまうわけです。それを免許証の写真に象徴させているところが上手いなと思います。
「殺しに向かう」は強い表現ですが、ゆるふわで無くなっても私は生きていくよ、というような明るい意思も感じました。三句で「わたくし」というちょっと特殊な一人称を使っていることで表現が中和されているようにも感じました。
森下裕隆さん

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