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平等がうまくできないぼくたちを色鉛筆はゆるしてほしい


どうしても同じようには減りませんよね。使ってもらえないのはさみしいかもしれないけど、その分長く一緒にいられるから許してくれるのではないでしょうか。
寿々多実果さん

色鉛筆には、どうしてもよく使う色とそうでない色がありますよね。そしてそれは色鉛筆のせいではないし、どの色が偉くてどの色がダメってことではないのです。おそらくこれは色鉛筆を通して、人間の世の中について言っている歌ではないかと思いました。学校や社会では不平等なことばかりで、みんな平等になんて理想論にすぎないのですが、それをセンチメンタルすぎず、皮肉にもせず、やさしい語り口で表現したところに魅力を感じます。「平等」「色鉛筆」以外がすべてひらがなで表記されているところもやわらかい雰囲気で歌に合っていて好きです。
えんどうけいこさん

ニュースなどを観て人間のどうしようもなさを感じる人は少なくないと思います。それはキリスト教で言えば原罪のような、人間が生きている限り逃れられない罪の意識とも言えるかもしれません。このお歌はそういった人間のどうしようもない部分を色鉛筆の芯の減りにみており、許しを求めています。やはりここで面白いのは神さまのような存在でなく色鉛筆そのものに対してであるところですね。「色鉛筆は」という助詞には個人的にちょっとした違和感を覚えますが誤りではないと思います。「色鉛筆には」あるいは「色鉛筆よ」の方が意味的にはすんなり通るような気もしましたが「色鉛筆は」だからこそ面白いし、許しという行為への色鉛筆の主体性を強調できるのかもしれません…。悩ましいですが、このお歌自体は良作と考えます。
五條ひくいちさん

 たしかに、色鉛筆って同じようにへらないですね。「平等がうまくできない」という表現に、同じ比率で使い続けられないことに苛立っている様子がよく出ていると思いました。
岡桃代さん

発想が面白い。平等が、の「が」の音がひっかかりました。平等に、の方が耳馴染みが良いのですが、がの方がインパクトはある。意図的なのかなと思いました。
仙冬可さん

歌意はすんなりと入ってきて、とても好きな切り口なのですが「平等がうまくできない」の部分に違和感を感じてしまいました。意味は十分通じるので伝えたいことそのものに抵触しないと思うのですが、私自身の感覚の問題として「平等ができる」という語感だけがふわふわと浮いてしまって。この切り口をどう料理すべきか、私自身も考えてみたいと思いました。
ひの夕雅さん

色鉛筆のセットは、頻度の高い色から減ってゆきます。特にそこに使う人の思想があるわけではないけれど、何事においても平等というのは難しいということでしょうね。暗に人間関係のことも示しているのかもしれませんが。
桔梗さん

絵具でも色鉛筆でもクレヨンでも、よく使う色と全く使わない色というのが出てきますよね。自分の好みの問題もありますし、何かを描くために色を選ぶという作業によって「使わない色」が選ばれていくのだと思います。うまく説明できないのですが「平等がうまくできない」というのは人間が背負ってしまう業のようなものを感じます。
自分では絵を描くことはしないのですが、子供がクレヨンで絵を描いているので平等でない色の減り方という着眼点に魅かれました。
小林礼歩さん

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