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母親の青春のようで処分することのできない卒業証書


この卒業証書が作者のものなのか、お母さんのものなのかはちょっとわからなかったんですが、自分では愛着はないけれど、親が大切してるから捨てられない想い出の品ってありますよね。
ミオナマジコさん

遺品整理の場面でしょうか。卒業証書の扱いは自分の物でも悩ましいものがあります。それが(もし)故人であるなら尚更。青春時代の思い出ではありますが、子々孫々取っておく物でもないし……悩ましい。
わらびさん

皮肉な見方なのですけど、作者の卒業証書だと思って読みました。
子ども自身は何ほどの価値も見出していないが、母は子どもの成長、というか青春の象徴と思ってる。あるいは不本意だった母の青春を子どもがやり直してくれたと感じてる。だから実家に帰るとでーんと取ってあったりする。捨てられない。困ったな。て感じ。

井筒ふみさん

すごく意味は理解しやすい歌なのですが、卒業証書を母親の青春に重ねてしまう心境には少し違和感がありました。
まったく同じ文章で全員に配られる卒業証書って、個人的にはあまり思い入れを持てるものではなかったので…。処分しがたいアイテムであることは確かなのですが、卒業証書は、アルバムや手紙の束なんかとは真逆の存在であるように思います。
深影コトハさん

現代だと卒業証書に青春を投影したりはしなさそう(アルバム等の思い出アイテムにはこと欠かなさそう)なので、この母親はうんと年輩の方(おそらく故人)なのかなと想像しました。時代や暮らしの事情から卒業証書だけが若い頃の思い出の品だったとしたら、主体がそれを処分できない気持ち、よくわかります。
WPPさん

当然遺しておきたい写真をはじめとする青春を刻み込んだものが他にない(あっても少ない)‥‥からこの歌になったのかなぁ、と勝手に想像を膨らませてしまいました。
歌としての必然を思うと、他の思い出の品たちが消失して何とか残った卒業証書なのでしょう。本人のものである限り手がつけにくい、といった感じでしょうか。自分が生まれたあとの母親のことはいやというほど知っていますが、母親にも若い娘時代があったことを冒涜してはならないなぁという作者の優しさが伝わってきます。
ひの夕雅さん

曲解かもしれませんが、高校へ進学する率が高くなかったのかもしれません。家庭の事情で中途退学も考えられます。また、そういう同級生の思い出があり卒業は重みがあったのかもしれません。働きながら定時制高校を卒業したのかもしれませんし、社会に出て子育てが終わってから通信制高校を卒業したのかもしれません。まあ、これは可能性というだけです。
母親は学生時代のことを話していたのかな、と気になりました。話していたのなら親子関係はあたたかいと思いますし、話していないけど大切そうにしていたと察しているのなら、大人だなと思いました。

仙冬可さん

深い愛情と共感を覚えて、いいなあと思いました。
衣未(みみ)さん

母自身の卒業証書とも読めるのですが、なんとなく、主体自身の卒業証書だけれど、母が自分の成長にずっと力を傾けてきたことを「母親の青春」として、そんな母の影をそこに感じるから、物理的には紙一枚だけれど気軽に捨てられないということかなと思いました。
桔梗さん

私も二番目の方と同じく遺品整理の場面と読みました。
色々と苦労されたお母様なのでしょう。幸せから遠いところで生きてきたから主体はあまり母親の笑顔をみたことがない。
そんな母親が何かの折にふと学生時代の話をした。その時の嬉しそうな顔をみて「母にも青春があったんだ」と主体はハッとする。
遺品整理で卒業証書を手にした時にそんなことを思い出し「…処分できないよね」と手をとめる。
母親と主体との間には、ある程度の屈託があったのかもしれません。
それでも卒業証書一枚分、母親の人生を自分の手元に置いておいてもいいのかなと思い直す主体。その屈折した感じに魅かれました。
色々な親子関係があるので、読み手の数だけ世界が広がるところもいいなぁと思いました。
小林礼歩さん

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